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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8298号 判決

原告

タケヤ化学工業株式会社

被告

秀プラ工業株式会社

豊川峯義

主文

1  被告秀プラ工業株式会社は、別紙物件目録(1)記載の食品収納容器を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。

2  被告秀プラ工業株式会社は、前項の食品収納容器並びに同容器の容器本体及び蓋体を製造するために用いたそれぞれの金型の雄型及び雌型を廃棄せよ。

3  被告秀プラ工業株式会社は、別紙物件目録(2)記載の食品収納容器の製造を開始してはならない。

4  被告らは、原告に対し、各自金54万9000円及び内金36万6000円については昭和61年9月19日から、残金18万3000円については昭和61年12月1日から、右各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

5  原告のその余の請求を棄却する。

6  訴訟費用は、これを2分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

7  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

1 主文第1ないし第3項と同旨。

2  被告らは、原告に対し、各自金898万3000円及び内金458万3000円については昭和61年9月19日から、残金440万円については昭和61年12月1日から、右各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

2 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

1 原告は次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有している。

考案の名称 食品収納容器

出願日 昭和53年11月30日

公告日 昭和58年3月11日

登録日 昭和58年11月28日

登録番号 第1517438号

実用新案登録請求の範囲

別紙実用新案公報(実公昭58―12749。以下、「本件公報」という)の当該欄記載のとおり

2  本件考案の構成要件及び作用効果は次のとおりである。

(1)  構成要件(本件考案に関する番号等は本件公報の各図に記載のものを指す。以下同じ)

(1) 食品収納容器であつて、

(2) 食品を収納する容器本体1の上端外周縁部4に蓋体2の下方開口内周縁部5が密封状かつ係脱自在に施蓋されるように係脱機構6を形成すると共に、

(3) 該容器本体1の上端外周縁部4の適宜位置に手指を上側から当接する反力受持片10を突設し、

(4) 平面的に見て該反力受持片10と重合しない位置でかつ該反力受持片10の近傍において、上記蓋体2の外周縁部12に手指を下側から当接する持上げ片13を突設して、

(5) 蓋体2の開放に際して、片手の親指及び人差指により、上記反力受持片10及び持上げ片13を各々上下側から挾圧して上記係脱機構6を離脱させるように構成されている。

(2) 作用効果

(1) 確実に施蓋でき、密封性も向上でき、種々食品を清潔に保存できると共に、冷蔵庫ら入れたり電子レンジの加熱加工や解凍にも使用でき、応用範囲は広大である。

(2) 片手でなべ等を持つたままで他方の手で親指と人差指でもつてワンタツチで迅速に、かつ容器本体をひつくり返すおそれもなく、係脱機構6を離脱して、蓋体2を開くことができる。

3  被告秀プラ工業株式会社(以下、「被告会社」という)は、昭和60年12月頃から、別紙物件目録(1)記載の食品収納容器(以下、「イ号物件」という)を業として製造し、販売している。

4  イ号物件の構成及び作用効果は次のとおりである。

(1)  構成(イ号物件に関する番号等は別紙物件目録(1)の各図に記載のものを指す。以下同じ)

(1)' 食品収納容器であつて、

(2)' 食品を収納する容器本体1の上端外周縁部4に蓋体2の下方開口内周縁部5が密封状かつ係脱自在に施蓋されるように、突隆条7を形成し、これにより係脱機構6を構成している。

(3)' 該容器本体1の相対向する短辺部に位置して上端外周縁部4より張り出す受持片10を突設しており、容器本体1を蓋体2により施蓋した状態で、該受持片10の上側に手指を当接することができる。

(4)' 蓋体2の四隅を成すコーナー部から短辺部にかけて外周縁部12には持上げ片13が張出状に突設され、該持上げ片13は平面的に見て前記受持片10と重合しない位置でかつ該受持片10の近傍に位置し、容器本体1を蓋体2により施蓋した状態で、該持上げ片13の下側に手指を当接することができる。

(5)' 蓋体2の開放に際して、片手の親指及び人差指により、上記受持片10及び持上げ片13を各々上下側から挾圧すれば、前期係脱機構6を離脱させることができる。

(2) 作用効果

(1)' 確実に施蓋でき、密封性も向上でき、種々食品を清潔に保存できると共に、冷蔵庫に入れたり電子レンジの加熱加工や解凍にも使用でき、応用範囲は広大である。

(2)' 片手でなべ等を持つたままで他方の手で親指と人差指でもつてワンタツチで迅速に、かつ容器本体をひつくり返すおそれもなく、係脱機構6を離脱して、蓋体2を開くことができる。

5  イ号物件の構成(1)'ないし(5)'はそれぞれ本件考案の構成要件(1)ないし(5)を充足し、イ号物件の作用効果(1)'及び(2)'はそれぞれ本件考案の作用効果(1)及び(2)と同一であるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

6  損害

(1)  被告会社は次のとおりイ号物件を製造販売した。販売単価は61円であつた。

(イ) 昭和60年12月から同61年5月7日まで10万個

(ロ) 昭和61年5月8日から同年8月末日まで 10万個

(ハ) 昭和61年9月1日から同年11月10日まで 10万個

(2)  右(イ)の期間中の損害

この期間中のイ号物件の売上高は610万円であり、本件実用新案権の実施料はその3パーセントが相当であるから、原告は18万3000円の実施料相当額の損害を被つた。

(3)  右(ロ)及び(ハ)の期間中の損害

(1) 逸失利益

原告は、本件実用新案権に基づき、本件考案の実施品たる食品収納容器の市場を独占すべき地位にあるところ、この期間中に原告以外で本件考案の実施品を製造販売していたのは被告会社だけであつた。従つて、この期間中は、被告会社がイ号物件を製造販売していなければ、原告がこの種の食品収納容器の市場を独占して、被告会社が製造販売したイ号物件と同じ数量の製品を原告が製造販売できた筈であるので、その逸失利益を請求する。

原告の本件考案の実施品は「トータルバツト」と称し、1号から9号までの規格に応じてTV―1からTV―9までの品番の製品が在するが、イ号物件に相当するのは3号の規格のTV―3である。

TV―3の最低販売単価は144円、原価は76円74銭、1個当たりの販売費及び一般管理費は23円4銭であるから、1個当たり純利益は44円22銭である。右(ロ)及び(ハ)の各期間中の被告会社のイ号物件の販売数量はそれぞれ10万個であるから、右(ロ)及び(ハ)の各期間中の逸失利益は、それぞれ、右44円(円未満切捨て)に10万個を乗じた440万円である。

(2) 実施料相当額

仮に右逸失利益の請求に理由がないとしても、右(ロ)及び(ハ)の各期間中の売上高は610万円であり、本件実用新案権の実施料はその3パーセントが相当であるから、原告は右(ロ)及び(ハ)の期間中にそれぞれ18万3000円の実施料相当額の損害を被つた。

7  右の製造及び販売は、被告豊川峯義(以下、「被告豊川」という)が、被告会社の代表取締役としてその職務の執行にあたり故意又は過失に基づいてなしたものである。

8  被告らは、イ号物件による侵害の差止等を求める仮処分事件(本庁昭和61年(ヨ)第2660号)において原告と和解をしたにもかかわらず、本件実用新案権の無効審判の取下をしないばかりか、本訟においても技術的範囲を争つており、かかる被告らの態度に鑑みると、被告らは、現在製造しているイ号物件の容器本体短辺折返縁40に存する4個の突起を取り除いた食品収納容器(別紙物件目録(2)記載のとおり、以下、「ロ号物件」という)を製造するおそれがある。

ロ号物件の構成及び作用効果はイ号物件と同じであり、ロ号物件は本件考案の技術的範囲に属するから、被告らがロ号物件を製造すれば原告は本件実用新案権を侵害される。

9  よつて、原告は、本件実用新案権に基づき、被告会社に対し、イ号物件による侵害の差止、イ号物件の廃棄、イ号物件の製造に供した金型の除却、ロ号物件による侵害の予防を求めるとともに、被告ら各自に対し、次のとおり、イ号物件による侵害に基づく損害金の支払を求める。

(1)  昭和60年12月から同61年5月7日までの損害について

実施料相当額18万3000円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である昭和61年9月19日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

(2)  昭和61年5月8日から同年8月末日までの間の損害について

(1) 主位的に逸失利益440万円

(2) 予備的に実施料相当額18万3000円

(3) 右(1)又は(2)の金員に対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である昭和61年9月19日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

(3)  昭和61年9月1日から同年11月10日までの間の損害について

(1) 主位的に逸失利益440万円

(2) 予備的に実施料相当額18万3000円

(3) 右(1)又は(2)の金員に対する不法行為の後である昭和61年12月1日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

2 請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2(1) 同4(1)のうち、(1)'及び(3)'ないし(5)'の点は認める。

(2)  同4(1)のうち、(2)'の点は否認する。イ号物件の容器本体の短辺部折返縁40から張り出された断面L形の受持片10の両端部付近の上記容器本体短辺折返縁40には、合計4個の突起が設けられており、このため、蓋体と容器本体とは短辺部において4、5の面が密着しない。従つて、密封上には施蓋されない。また、原告主張の構成では、突隆条7が係脱機構6であるとの趣旨に解釈され得るが、係脱機構は突隆条だけから成るものではない。

(3)  同4(2)は、(1)'のうち、密封性が向上できるとの点と、電子レンジの加熱加工に使用できるとの点を否認し、その余を認める。

3 同5のうち、イ号物件の構成(1)'及び(3)'ないし(5)'がそれぞれ本件考案の構成要件(1)及び(3)ないし(5)を充足するとの点は認め、その余は争う。

4(1) 同6(1)の事実は認める。

(2)  同6(2)は争う。

(3)(1) 同6(3)(1)の事実は、TV―3の販売単価とイ号物件の販売数量は認め、その余は否認する。この期間中、原告及び被告会社以外にも同様の製品を製造販売している会社があつたし、原告の本件考案の実施品であるTV―3の最低販売価格は1個144円であるのに対し、イ号物件は1個61円と半値以下であること、及び原告の本件考案の実施品は電子レンジでの使用が可能であるのに対し、イ号物件は電子レンジでの使用が不可と表示されていること等、販売価格、使用方法において大きな差異が認められることからも、被告会社が製造販売したイ号物件と同じ数量の製品を原告が製造販売できたとは言えない。

(2) 同6(3)(2)は争う。

5 同7は、被告豊川が被告会社の代表取締役であつた点は認め、その余は否認する。

6 同8は、被告らが別件仮処分事件において原告と和解をしたにもかかわらず本件実用新案権の無効審判の取下をしないこと及び本訴においても本件考案の技術的範囲を争つていることは認め、その余は否認する。

3 抗弁

1 新規性なし

(1)  米国特許第2780385号明細書(以下、「米国明細書」という)は、1957(昭和32)年2月5日に発行されたもので、これに開示された発明(以下、「米国発明」という)は、本件考案と同様、食品収納容器に関するものである。

(2)  米国発明の構成要件は次のとおりである(米国発明に関する番号等は米国明細書の各図に記載のものを指す。以下同じ)。

(a) 食品収納容器であつて、

(b) 食品を収納する容器本体10の上端外周縁部15に、蓋体18の下方開口内周縁部19が密封状かつ係脱自在に施蓋されるように係脱機構を形勢すると共に、

(c) 該容器本体10の上端外周縁部15の適宜位置に、手指を上側から当接する反力受持片16aを突設し、

(d) 平面的に見て、該反力受持片16aと重合しない位置で、かつ該反力受持片16aの近傍において、上記蓋体18の外周縁部21に手指を下側から当接する持上げ片17aを突設して、

(e) 蓋体18の開放に際して、片手の親指及び人差指により、上記反力受持片16a及び持上げ片17aを各々上下側から挾圧して上記係脱機構を離脱させるように構成されている。

(3)  本件考案の構成要件(1)ないし(5)はそれぞれ米国発明の構成要件(a)ないし(e)を充足するから、本件考案は出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一であり、新規性がない。

(4)  従つて本件実用新案権は無効とされるべきであり、このような無効とされるべき実用新案権に基づき侵害差止請求や損害賠償請求を行なうことは、権利濫用として許されない。

2 進歩性なし

(1)  本件考案の構成要件(2)の「食品を収納する容器本体1の上端外周縁部4に蓋体2の下方開口内周縁部5が密封状かつ係脱自在に施蓋されるように係脱機構6を形成すると共に」という点は、蓋付食品収納容器においては周知の構造であり、公知の技術である。

本件考案は、右の構造をもつた蓋付食品収納容器において、片手の親指と人差指とで係脱機構を離脱させる反力受持片と持上げ片とを、その容器本体と蓋体とに、平面的に見て両辺が重合せず、かつ互いに隣接した位置に設けたものである。

しかしながら、係脱機構を本件考案と全く同一操作で離脱させる反力受持片と持上げ片は、前記米国明細書に開示されているから、前記の周知の構造をもつた蓋付食品収納容器に、この反力受持片と持上げ片とを本件考案と同様の構成で設けることは、当業者にとつて何の困難もなく、極めて安易に想到しえたものである。即ち、本件考案には進歩性がない。

(2)  従つて本件実用新案権は無効とされるべきであり、このような無効とされるべき実用新案権に基づき侵害差止請求や損害賠償請求を行なうことは、権利濫用として許されない。

4 抗弁に対する認否

1 抗弁1(新規性なし)について

(1)  抗弁1(1)の事実は認める。

(2)(1) 同(2)のうち、(a)及び(c)の点は認める。

(2) (b)の点は否認する。米国発明の施蓋構造は係脱機構ではなく、圧入辺を圧入し押し込んで凹溝内面で挾着保持する圧入挾着機構である。

(3) (d)の点は否認する。米国発明においては、持上げ片17aの基部が反力受持片16aの延長部16bに面的に重合している。また、持上げ片17aの両端の弧状縁が反力受持片16aの延長部16bに至る弧状縁と相互にX状に交叉し、該交叉部分にて面的に重合している。本件考案は、冷蔵庫内で蓋体と容器本体との係止部分が凍結したりしていても反力受持片10と持上げ片13とを離反せしめることにより安易に開蓋できることを目的・効果とするものであるから、反力受持片10と持上げ片13とが重合し、その部分で凍結して離反を困難とする構成のものであつてはならず、反力受持片10と持上げ片13とが重合しない位置に設けられることを構成要件としている。米国発明にはこの構成要件が備わつていない。

(4) (e)の点は否認する。米国発明の施蓋構造は係脱機構でなく圧入挾着機構である。従つて、蓋体の圧入辺と容器本体の凹部とは密着し、ワンタツチの指のひねりでは到底離脱することはできず、圧入片を凹部から両手で強く引き抜かねばならない構成になつている。

(3)  同(3)は争う。

(4)  同(4)は争う。

2 抗弁2 (進歩性なし)について

(1)  抗弁2(1)の事実は否認する。

(2)  同(2)は争う。

第3証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  原告が本件実用新案権を有することは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第2号証(本件公報)によれば、本件考案の構成要件は請求原因2(1)に記載のとおりであると認められ、作用効果は同2(2)のうち(1)を次の(1)"のように変更するほかは、同2(2)の記載のとおりであると認められる。

(1)" 確実に施蓋でき、密封性も向上でき、種々食品を清潔に保存できると共に、冷蔵庫に入れたり、容器や蓋体の材質によつては電子レンジでの加熱加工や解凍に使用することもできるなど、応用範囲は広大である。

3  被告会社が別紙物件目録(1)記載のイ号物件を業として製造販売していることは当時者間に争いがない。

4  1 イ号物件であることに争いがない検甲第4ないし第6号証によれば、イ号物件の構成及び作用効果は、請求原因4(1)(2)'の記載を次の(1)(2)"のように変更し、請求原因4(2)(1)'の記載を次の(2)(1)"のように変更するほかは、いずれも請求原因4(1)及び(2)記載のとおりであると認めることができる。

(1)(2)" 蓋体2の下向き縁50の内周縁部5に突隆条7を形成することによつて、容器本体1の上端外周縁部4に蓋体2の下方開口内周縁部5が密封状かつ係脱自在に施蓋されるように係脱機構6を形成している。

(2)(1)" 確実に施蓋でき、密封性も向上でき、種々食品を清潔に保存できると共に、冷蔵庫に入れたりして使用できる。

なお、イ号物件が電子レンジでの加熱加工や解凍にも使用できると認むべき確証はないけれども、電子レンジでの使用の可否は主として容器や蓋体の材質にかかわる事柄であり、イ号物件の特定にあたつてはなんら容器や蓋体の材質の限定はなされていないから、右のようにして特定されたイ号物件は、その構造からすれば、容器や蓋体の材質によつては電子レンジでの加熱加工や解凍に使用することができる、との作用効果をも有するものとみて妨げない。

2 被告らは、イ号物件の構成について請求原因4(1)(2)'に「密封状」とある点及びイ号物件の作用効果について請求原因4(2)(1)'に「密封性も向上でき」とある点をいずれも否認し、イ号物件の容器本体1において、断面L形の受持片10の両端部付近には合計4個の突起が折返縁40に設けられているため、蓋体2と容器本体1とは短辺部にて内外周縁部4、5が密着しないと主張する。

しかしながら、前掲検甲第4ないし第6号証を仔細に検討すれば、確かにイ号物件には被告ら主張の場所に突起が存在し、このため、施蓋しても完全密封状態にはならないことが認められるものの、これらの突起は極めて微小なものであつて、施蓋した際に蓋体と容器本体が密封に近い状態に係止されることの妨げとなるものではないことが認められるから、被告らの主張には理由がない。

5  そこで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1 本件考案の構成要件とイ号物件の構成とを対比すると、

(1)  イ号物件の構成(1)'及び(3)'ないし(5)'が本件考案の構成要件(1)及び(3)ないし(5)をそれぞれ充足することは明らかである。

(2)  イ号物件の構成(2)"は、突隆条7を備えている点が本件考案の構成要件(2)と相違するが、本件公報にも蓋体下方開口内周縁部5の一部ないし全周にわたつて内方突隆条7を突設させた実施例が掲げられていることからも明らかなように、突隆条7を設けることによつて形成されたイ号物件の係脱機構6は、本件考案の係脱機構6の1実施態様にすぎないから、イ号物件の構成(2)"は本件考案の構成要件(2)を充足する。

2 本件考案の作用効果とイ号物件の作用効果とを対比すると、これが同一であることは明らかである。

3 従つて、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

6  ところで、被告らは、本件考案は新規性がない、又は進歩性がないから本件実用新案権は無効とされるべきものであり、これに基づく権利行使は権利濫用である旨抗弁するので、この点につき検討する。

1 新規性について

(1)  被告らは、本件実用新案権の出願前に刊行された米国明細書に記載された米国発明と本件考案が同一であると主張するが、成立に争いのない乙第1号証(米国明細書)によれば、米国発明の構成要件は次のとおり分説するのが相当である。

(a)' 食品収納容器であつて、

(b)' 食品を収納する容器本体10の上端外周縁部15に、蓋体18の下方開口内縁部19が密封状かつ着脱自在に施蓋されるようにプラスチツク材から成る圧入抜脱方式の施蓋機構を形成すると共に、

(c)' 該容器本体10の上端外周縁部15の適宜位置に、手指を上側から当接する反力受持片16aを突設し、

(d)' 該反力受持片16aの近傍において、上記蓋体18の外周縁部21に手指を下側から当接する持上げ片17aを突接して、

(e)' 蓋体18の開放に際して、手の指により、上記反力受持片16a及び持上げ片17aを各々上下側から挾圧して上記施蓋機構を離脱させるように構成されている。

(2)  そこで米国発明と本件考案を対比すると、本件考案では、その構成要件(4)において、持上げ片13と反力受持片10の位置が、平面的にみて重合しない位置に限定されているのに対し、米国発明では右の点は必須要件となつていない。即ち、本件考案は冷蔵庫で使用できることと片手で蓋体を開くことができることを作用効果としていること前示のとおりであつて、前掲甲第2号証(本件公報)によれば、冷蔵庫内で蓋体と容器本体との係止部分が凍結しても片手の指で反力受持片10と持上げ片13とを離反せしめて安易に開蓋することができるように、反力受持片10と持上げ片13とが重合して凍結することのない構成にしたことが認められる。これに対し、前掲乙第1号証(米国明細書)によれば、米国発明では右のことは発明の内容をなしておらず、このことは反力受持片16aと持上げ片17aの重合した構成の実施例が掲げられていることからも明らかである。従つて、米国発明は本件考案の構成要件(4)を欠くから、その余の対比をするまでもなく、米国発明と本件考案は同一でないこととなり、被告らの主張には理由がない。

2 進歩性について

(1)  被告らは、本件考案は公知技術に基づいて当業者が極めて安易に想到し得たものである旨主張する。

しかしながら、進歩性の判断が出願時の技術水準を把握したうえで公知技術から当該発明・考案を安易に(特許の場合)又は極めて安易に(実用新案の場合)予測できたものであるか否かを検討してなされなければならないことに鑑みると、特許権・実用新案権侵害訴訟において裁判所が進歩性の有無を判断することは通常困難であると言わざるを得ず、進歩性の欠如が明白な場合はともかく、一般には進歩性の欠如を理由とする主張を容れることは許されないものと解するのが相当である。

(2)  この観点から検討すると、いずれも成立に争いのない乙第3、第6、7号証によれば、本件考案の構成要件(2)が食品収納容器においては公知の技術であることが認められるものの、前掲乙第1号証(米国明細書)をもつてしても、右公知技術から構成要件(4)及び(5)を備えた本件考案を極めて安易に当業者が予測できたことが明白とまで断じることはできないと言わざるを得ず、被告らの主張を採用することはできない。

7  損害について

1 昭和60年12月から同61年5月7日までの期間

右期間中の被告会社のイ号物件の販売数量が10万個であること及び販売単価が61円であることはいずれも当事者間に争いがないから、右期間中の被告会社のイ号物件の売上高は610万円である。

そして、実施料率については、当裁判所に顕著な国有特許権実施契約書及び弁論の全趣旨に照らすと、売上金額の3パーセントをもつて相当と認める。

従つて、右期間中の実施料相当額は18万3000円である。

2 昭和61年5月8日から同年8月末日までの期間及び同年9月1日から同年11月10日までの期間

(1)  原告は、右両期間中は、本件考案の実施品を製造販売していたのは原告と被告会社だけであるから、被告会社が製造販売したイ号物件と同じ数量の製品を原告が製造販売できた筈だと主張し、証人梶井泰雄の証言中右主張にそう証言部分がある。

しかしながら、同証人の証言によれば、原告の本件考案の実施品は、蓋体をワンタツチで開閉できるという点と電子レンジで使用できるという点を特徴としているものと認められるが、一般需要者のすべてが食品収納容器を購入する際に市場に種々出まわつている食品収納容器(同証人の証言によれば、日本国内で食品収納容器を販売している会社は4、50社にものぼる)の中から特に原告の本件考案の実施品の特徴に着目して買うものとは認め難い(この点に関する同証人の証言は措信しない)。また、原告の本件考案の実施品であることに争いのない検甲第1ないし第3号証及び前掲検甲第4ないし第6号証(イ号物件)によると、原告の本件考案の実施品には電子レンジでの使用が可能と表示されているのに対し、前記期間現に販売されていたイ号物件には電子レンジでの使用を避けるように表示されていることが認められ、このことからすると、右イ号物件を電子レンジで使用した場合に実際に支障を生じるかどうかは別として、一般需要者は右イ号物件が原告の本件考案の実施品と同一の特徴を有すると判断するものとは認められない。してみると、仮に本件考案の実施品を製造販売していたのが原告と被告会社だけであつたとしても、被告会社が製造販売したイ号物件と同じ数量の製品を原告が製造販売できたとは必ずしも言えない。従つて、原告の前記主張は採用することができない。

(2)  そこで、原告が予備的に主張する実施料相当額の損害について判断するに、右各期間中の販売数量がそれぞれ10万個であること及び販売単価が61円であることはいずれも当事者間に争いがないから、右各期間中の被告会社のイ号物件の売上高はそれぞれ610万円であり、実施料率は前記のとおり売上金額の3パーセントが相当であるから、右各期間中の実施料相当額はそれぞれ18万3000円である。

3 被告豊川が被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告会社によるイ号物件の製造販売は被告豊川が被告会社の代表取締役としてその職務の執行にあたり行なつたものと認めることができ、被告豊川は実用新案法30条、特許法103条により過失に基づいて右製造販売を行なつたものと推定されるから、被告豊川は本件実用新案権を侵害したことにより生じた損害を賠償すべき責任を負うものであり、同時に被告会社も、右製造販売がその代表取締役である被告豊川の職務の執行としてなされたものであるから、右損害を賠償すべき責任を負う。

8  次に、ロ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かを検討するに、ロ号物件とは、イ号物件からその容器本体短辺折返縁40に在する4個の突起を取り除いたものであり、その構成及び作用効果はイ号物件と同じであると解せられるから、ロ号物件も本件考案の技術的範囲に属する。

そして、被告らがイ号物件による侵害の差止等を求める仮処分事件において原告と和解をしたにもかかわらず本件実用新案権の無効審判の取下をしないこと及び被告らが本訴において本件考案の技術的範囲を争つていることは当事者間に争いがなく、これらの事実及び弁論の全趣旨によれば、被告らはロ号物件を製造し、もつて原告の本件実用新案権を侵害するおそれがあると言わざるをえない。

9  以上認定の事実によれば、本件実用新案権に基づく本訴請求のうち、被告会社に対しイ号物件による侵害の差止、イ号物件の廃棄、イ号物件の製造に供した金型の除却及びロ号物件による侵害の予防を求める請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告ら各自に対しイ号物件による侵害に基づき損害金の支払いを求める請求は、昭和60年12月から同61年5月7日まで及び同月8日から同年8月末日までの間の損害につきそれぞれ18万3000円、計36万6000円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和61年9月19日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに昭和61年9月1日から同年11月10日までの間の損害につき18万3000円及びこれに対する不法行為の後である昭和61年12月1日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法92条本文、89条、93条1項本文を、仮執行の宜言につき同法196条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(露木靖郎 小松一雄 青木亮)

〈以下省略〉

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